ひっさびさにTRPGのながーいエントリです。
テンパってる中での執筆なのでところどころ文章がおかしい部分がありますが、数日中に清書しますのでご勘弁を。
id:nitarさんの『メタサブカル病』というサイトで、哲学者・評論家・作家*1の東浩紀氏の講義が毎回まとめられています。id:sakstyleさんがはてブしてたので、気になって読みはじめました。毎回大変楽しく読ませていただいています。
さて、私のBLOGは、「たまに覗けばだいたいよくわからんTRPGのカタめな話をしてるトコロだろ?」という認知のされ方をしているはずなのですが(ごく最近はそうでもないけどな。ユルすぎだ)、同じくTRPG系の話をすることが多い紅茶さんのところで「TRPGとハッカー文化ってどれだけ関係あるの? そもそもTRPGの政治性って?」って話がありました。
■id:koutyalemon,2007.11.16「東浩紀、SFとTRPGとhatenaにハッカー文化の影響を見るだそーな」
http://d.hatena.ne.jp/koutyalemon/20071117/p1
そこで言及されたのが、第6回講義の以下の部分。
ハッカーはコンピュータに詳しい人を意味する
犯罪者の意味はない技術は価値中立的
しかしネットに関してはそうではなかった
コンピュータは最初の頃から社会的なヴィジョンと関わってきた
それを代表するのがハッカー文化
これは色々な独特な側面を持っている
とりあえずスティーブン・レヴィの「ハッカーズ」を読むといい
1980年代前半
既にハッカーの歴史は2、30年あった
ハッカーはどういう出自で出てきたのかわかる
80年代の頃に勃興してきたハッカー文化はサブカルチャーや左翼思想に近い
Do it yourself
コンピュータが好きっていうのは何を意味しているのか
コンピュータ部って今は何やっているのかな
ゲームかな
昔だとビデオ出力のインターフェースを自作したり
マシン語書いたり回路を作ったり
1970年代の西海岸のハッカーたちがそうだった
ジョブズ、ゲイツ
その後ろにあるのはガレージで自作でコンピュータを作るハッカーたち
MITの人たちとは全く違うSFとかTRPG文化に密接に結びついている
ハッカーたちの基本的なメンタリティに反権威主義
ジョブズはでっかいカンファレンスでもTシャツ、ジーンズ
ラフな格好がかっこいい
ある種の政治的な意味
ここら辺のことは色々な文献を見ればよくわかる
(nitar2007.11.16要約)
ここで「なぜ東浩紀はTRPGについて言及したのか?」という、かなりどうでもいいところにTRPGモノはビビッと食いついちゃうわけですね。私もその例外ではない。nitarさんも、さすがにこの一行だけでTPRGゲーマーからトラックバックを貰うとは思っていなかったのではないでしょうか(笑)。
さて、今のところ、もっとも興味深い意見を書かれているのはid:mimizuku004さん。
■id:mimizuku004,2007.11.16「TRPGのゲームデザインと政治思想」『古木の虚』
http://d.hatena.ne.jp/mimizuku004/20071118/1195386818
TRPG系Blogでは、RPG日本の鏡さんに端を発した「TRPGの自由」について語ることが最近のブームになっているようですが、それを眺めていた方から先日、「自由意志と、倫理学や政治学的な意味の〈自由〉概念はかなり違うはずなのに、なぜTPRGの議論では、それらを安易に混同してしまっているんだろう」という意見を頂きました。
私もそれについては「その通りですね」と深く頷いていたところでしたから、TRPG論議においてミルの『自由論』が出てきて、「あーようやくミル的な意味での〈自由〉の話が出てきたなあ」とホッとしているところです。
ミルの自由論およびそこから来る〈リベラリズム〉の思想は、そもそも「自由意志を擁護する議論“ではない”」のですよね。
ですから、TRPGにおける〈意志決定〉等と、ゲーマーの自由意志を絡めて論じる際に、単に「自由」とだけ書くのは、とても危ないことだと思うんですよ。
私がこの一連の議論に途中から加わらなくなった理由にはいろいろとあるのですが、一番の理由は、「そういったところから説き起こす必要があることに気づいていながら、そのような余力が物理的に足りず、諦めるしかなかったから」なのでした。
そのようなわけで、リベラリズムと「自由」概念についてTRPG者の立場からしっかりフォローしてくれたmimizukuさんに感謝です。どうもありがとうございます。
さて、本題。
「TRPGはどれだけ反権威主義と関係があるか」という話を論証しましょう。
今回のエントリを書くに当たって、ソースとなりそうな文章を過去の没原稿から見つけてきました。
元々TRPGコラム用ではない、別の文章として書かれたたものですが、コラムの方に持ってきたほうがよさそうなので、ここに再編集して公開します。
現時点で私が言える結論だけ、先に書いておきます。
「ハッカー文化とRPGの関係は、むしろWIZやRoguelikeなどの初期コンピュータRPGの方が遥かに強い。したがって「TRPG=ハッカー文化」と即断することはできない。しかし、アメリカの70年代ファンタジー文化とカウンターカルチャーの強い結びつきを前提とすれば、“ハッカー文化とD&D”との間には関連があると言える」
そもそもコンピュータRPGを作った連中のほとんどは、D&Dと指輪物語の洗礼を受けて、それからARPANETを使って勝手に『ゾーク』やら『エスケープ』やら『ローグ』といったゲームを作ってたわけです。アーマークラスの概念だって普通に埋め込まれていたりします。WIZだけでなく、たとえばRoguelikeのひとつである『NetHack』なんかそうです。
それと、mimizukuさんがおっしゃっていた「東の言う文献とは?」ということでしたが、もしハッカー文化とTRPGの話をしたいなら、まず『ダンジョンズ&ドリーマーズ』を参照するのが良いと思います。のっけからゲイリー・ガイギャックスが出てきて、TRPGゲーマーの方々は驚かれると思います。MMORPG史についてのノンフィクション本も、TRPGの成り立ちについて言及するところから始まっているのです。
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というわけで、「初期TRPGゲーマーの一部は、ハッカー的な性格を強く併せ持っていた」というあたりまでは、かなり自然なことだと言って良いでしょう。1970年代のコンピュータ・ゲームの担い手は、その多くがヒッピー的で、ガンダルフ万歳で、「ビホルダーマジF○○K」な感覚を共有していたはずです。*2
しかし、だからといって「今のTRPGが政治性を持っているかどうか」という議論は、また別の話となります。そもそも今の日本のTRPGゲーマーが「『指輪物語』は70年代ヒッピーの対抗文化と深いかかわりがあったんだよ」なんてことを聞いても、アメリカ文化の知識なしにそれを受け止められる人は少ないでしょう。もしかしたら、今のアメリカのTRPGゲーマーも似たようなものかもしれませんね。今の日本のプロでそれを実感していて、さらにあえて積極的に言及しているのは、おそらく芝村裕吏さんくらいではないかと思います。
もし、そのあたりの「黎明期」と「現在」を引き合わせて、「今のTRPGの政治性は……」と論じ始めたいならば、その前にいろいろクリアしなければならない前提があると私は思います。
そして元の東浩紀氏の講義ノートを見る限り、その発言は下記に立証する「70年代アメリカ文化」にのみ限定して述べられたものと解釈するのが無難だと思われます。
今回のエントリは、その70年代に限定した「TRPGとカウンターカルチャー」について、典拠つきの説明をするために書かれています。
ところで、今回の話では、安田均さんの文章が大々的に引用されています。
安田均さんというと、TRPG界隈の方にとっては「グループSNEの社長」なイメージが強いでしょう。けれども、まだ翻訳家として精力的に活動していた80年代中盤では、こんないい仕事もしてたんですよということを、皆さんに知っていただきたいですね。実際、TRPGとボードゲームの産業を「SFファンタジィ・ゲーム」と総括した安田さんのゲーム評論家としての視点は、今でも参照するに値するものだと思います。
