【免責事項】ここではすでに一定度以上の定評があり、しかも学習者向けに安価であるところのロイヤル*1、実践ロイヤル*2などは扱わない。また、大学英語文法の代表として知られるQuirk et al.*3やCambridge*4なども、2015年現在、英語原著の現物を点検できていないため、扱わない。さらに、2010s現在の英語学全体の潮流について具体的な survey をしたわけではないため、それについても言及する予定はない。
ここでは以下の3冊を扱う:『一億人の英文法』(2011)、『英文法解説』(3e, 1991)、『現代英文法講義』(以下、3冊それぞれを時に『一億人』『解説』『講義』と略す)。
おすすめの読み方について書く前に、これらの本の特性をざっくり書いておく:
- 『一億人の英文法』
- (1) 認知言語学、特に語のイメージに関する小辞典*5を、「学習英文法」の世界に持ち込みつつ、1990sまでの伝統的英文法書の体裁を整えることに成功している。(2) 英語において大事なのはなによりも「語順」であるということを、“English Speaking に焦点を当てる”形で強く主張しており、その観念を読者に徹底してもらうことを目標に置いている点。*620世紀後半から初頭にかけて、大学受験英語関連の名著者たちは「SV」構造にこだわり抜くことで英文理解を提供した文脈があるが*7、English Speakingに応用が利く形で学習英文法の遺産を積極的に再構成したという点で『一億人』のアプローチは新しい。(3) 通読してもらうことを目的に編纂されたぶん、索引がついていない*8
- 『英文法解説』第3版
- 第1版は1953年に執筆された、歴史の長い英文法書。1980年代に英米圏でも英文法論に進展があったことに著者が一部応答する形で第3版が編まれた痕跡がある。いわゆる学習英文法書らしい英文法の編纂スタイルを保っているが、内容は手が行き届いており、索引も使いやすい。また英語史的な勘所も、この一冊でかなり補える部分がある。
- 『現代英文法講義』
- 学習英文法を目指して書かれたものというよりは、海外の英語学論文の動向を意識したうえで、ある種の“survey”や“review”の作業を一冊に纏めたものとして見たほうがよい書籍。言語学のうち、統語解析について使う基本術語である「NP」や、一文内の言語構造の樹形図が遠慮無く挿入される。したがって、英語学習者や英語実務家が“学習文法”の術語しか知らずに、良い評判だけを聴いてこの書籍を開くと、大いに首を傾げることになる。そのため、生成言語学を含む言語学の概論書・解説書など*9を手許に置くか、或いはそうした文脈が背景知識として要求されていることを理解したうえで紐解くと、収穫が大きいということが言える。
このように三書の特徴を整理することができる。しかしながら、三書それぞれが“本文”で書いていることは、大同小異はあれど、おおむね「同じ」であるといって良いと思われる。考察対象となっている英文法それ自体がそこまで論者ごとに形態が違っているわけがないのだから、理論としての文法の大半は静的である。
ではどこで違いが出るのかといえば、注釈部分なのである。ある程度英文法について見通しを得られている学習者は、それぞれの本を、以下の読み方で読み進めてみると、(それぞれの“分厚さ”を乗り越えて)効率的に書籍ごとの利益を得ることができるだろう。
- 『一億人の英文法』の読み方
- コラム欄を読む。特に以下の順で読むとよい:(1) {ADVANCED, ULTRA ADVANCED}*10, (2){TYPICAL MISTAKES}, (3){HEART, CONVERSATION} *11 , (4){LIGHT, ELECTRON, POSITION}*12 , (5){VOCABULARY}*13 。また、{動詞, 副詞, 前置詞}のそれぞれについてイメージ小辞典が付いているため、それぞれの領域で疑問に思うことがあれば、それも項目ごとに読むとよい。
- 『英文法解説』の読み方
- 本文のうち、「解説」と書かれている部分を読む。著者(江川泰一郎)独自の文法論的見解が収められているのは、すべて「解説」欄に入っている。
- 『現代英文法講義』
- "NB” と書かれている欄を読む。NBはラテン語で"nota bene"(=注意せよ!)の意味に当たる。
この3冊を、コラム欄において比較することで、伝統的統語論/英語史・米語史/認知言語学/実務英語のそれぞれの領域と適切な距離を保ちながら、英語それ自体の理解を深めていくことができるだろうと思われる。
その上で、英語/米語ネイティヴによって書かれた文法書に解決策を探る場合は、『英文法解説』『現代英文法講義』に文献書誌データとして収録された主要な議論にアクセスするとよいだろう(特に2006年に出た安藤の文法書は、当時までの英語文法論に関する位置づけの要約が多く、英語文法論関係の海外書籍・海外論文のリファレンスとしても応用することができる。)
個人的な評価を言うならば、『一億人の英文法』はSpeaking/Listeningその他口語英文法の原理原則を考える際に*14、『英文法解説』は、ノン・ネイティヴだと引っかかりを感じがちな英語構文を再吟味する際に(辞書のように)“引く”ものとして、*15『現代英文法講義』は、伝統的英語学の語彙と、それに対応する2000年代の議論の成果を再検討する際に参照する……という使い分けが、道具としての効用が高いと感じている。